先生と、二十歳の私
鈴木さちこ
とあるご縁があり、私は先生として2年間、某美術専門学校のイラストレーションの授業を担当した。自分のクラスを持ち、指導するなんて初めての経験。初回の授業が始まる前の日々は、不安が爆発しそうだった。人に教えるほどのデッサン力や技法に自信が無い。さらに、高校を卒業したばかりの二十歳前後の若者たちと、コミュニケーションがとれるのだろうか。仕事や育児をとおして、普段接している大人世代と保育園児とは違い、ほとんど関わることのない年齢層だ。
「先生」と当然のように、呼ばれることに最初は戸惑った。でも彼らにとって、私は間違いなく先生なのだ。私の作品を見て、授業を選択してくれた生徒もいるらしい。背伸びはせずに、自分らしい授業をしていこうと決めた。生徒それぞれに個性が強く、感性豊かな作品が並んだ。講評の言葉やアドバイスに、素直に耳を傾ける。それを反映させ、次の作品を仕上げる生徒も多くいた。こちらも、見え隠れしている才能を引き出す努力をした。磨かれる前の原石は、いびつな形だけれど、ピュアで本当に美しい。
授業は明るく笑いが絶えず、みんな子供と大人の顔を持っていた。そして、いつの時代になっても、二十歳は変わらないことがわかった。溢れる希望と押し寄せる不安に挟まれて過ごしている。今は模索をしながら、失敗や挫折を乗り越える時期だと思う。気がつけば、二十歳の私が目覚めていた。当時好きだった音楽を聴き直し、感銘を受けた映画を書き出してみた。あのころ、何を考えていたんだろう。ときには、我が子を想う母親にもなった。生徒の画力が向上していく喜び。就職がなかなか決まらない生徒には、過剰なくらい心配をした。教室にはいつも、43歳の先生と二十歳の私、二人がいた。
この2年間、生徒から学んだことはたくさんあった。二十歳の自分とも対話ができて懐かしい気持ちにもなり、制作意欲も湧いた。近い将来、彼らと同じ土俵で仕事できる日を楽しみにしている。そのときはもう「先生」って呼ばないでね。
すずき・さちこ
1975年東京生まれ。旅好きのイラストレーター・ライター。
「きのこ組」「うちのごはん隊」などのキャラクターを手がける。著書に『電車の顔』『日本全国ゆるゆる神社の旅』『住むぞ都!』『路面電車すごろく散歩』ほか。