頭の片隅にある絵本
鈴木さちこ
我が家のリビングの本棚は、息子が生まれてから自然と絵本が増えてきた。その中に、かなり年季の入った絵本が数冊ある。どれも夫が小さい頃から大切にしているものだ。そういえば私の手元には、お気に入りだった絵本が残っていないことに気がついた。いい機会だと思い、息子にプレゼントする前提で改めて購入してみることにした。
好きで好きで、何度も読んだ絵本が2冊ある。『かさ』(作・絵 太田大八)は、雨の日に女の子がお父さんを駅に迎えに行くという話。この本の特徴は、モノクロの世界に女の子の傘だけが赤く描かれていて、文章が書かれていないこと。自分でストーリーを考えながら、ページを進めていく。黒い線で描かれた街は、生活感を漂よわせつつも、とてもお洒落に見えるから不思議だ。無音の世界の中、耳を澄ますと雨や街の音、人々の会話が聞こえてくるような気がする。
もう一冊は、『おおきなおおきなおいも』(作・絵 赤羽末吉)で、幼稚園児の描いた大きなお芋の絵が元に話が展開していく。
お芋を食べた後のおならで空を飛ぶなど、園児たちのユニークな妄想が止まらない。読んでいる間はずっと笑顔になってしまう。絵の緩さにも癒される。この本も黒と赤紫の2色しか使われていない。それなのに、寂しいという感じはなく、のびのびと大胆に描かれた絵に心を奪われる。私は幼い頃から、シンプルな色使いが好きなのかもしれない。
30年以上経って、久しぶりに手にしたお気に入りの絵本。こどもの頃とは、また違った見方ができるし発見があった。上手く言えないけれど、この二冊は自分の作風の基礎になっているような気がするのだ。いつも頭の片隅には、赤い傘の少女と大きなお芋を囲んで空飛ぶ園児がいる。何かアイデアを考えているときに、彼らはいつも助けてくれる存在になっていた。
今年の読書の秋は、最新刊にこだわらず、昔好きだった本を探してみるのも面白いのではないのでしょうか。あの頃の自分が、景色が、目の前に色鮮やかによみがえるはずです。
すずき・さちこ
1975年東京生まれ。旅好きのイラストレーター・ライター。
「きのこ組」「うちのごはん隊」などのキャラクターを手がける。著書に『電車の顔』『日本全国ゆるゆる神社の旅』『住むぞ都!』『路面電車すごろく散歩』ほか。