Always Essay ゆるゆるな日々 vol.19

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Always Essay ゆるゆるな日々

愛しのフィルムカメラ

鈴木さちこ

いつかやろうと遠まわしにしていたプリント写真の整理を始めた。余白の多い分厚いアルバムから、薄くて収納枚数が多いアルバムに入れ替えることにした。そのタイミングで、映りが悪いものを処分していく。写真は不思議だ。見つめていると、いつの間にかその中に引き込まれ、静止画が動き出す。音や言葉が蘇る。ときには、匂いや味までも。
高校時代までは、ほとんどの写真に自分が映っている。それ以降は、家族や友人、風景がほとんどだ。大学生のとき、フィルム仕様のマニュアル一眼レフカメラを購入したからだと思う。相棒となったニコンFM2は、ずっしりと重たく、露出、絞り、ピントなど手動で調節する。シャッターボタンを押すと「カシャッ」と心地よい音が響く。無闇にシャッターを押さず、本当に撮りたいものを撮る。このカメラで撮影した写真の一枚一枚が作品のようだった。
イラスト制作を伴う取材の仕事をすることが多くなり、その頃からデジカメの併用を始めた。例えば複雑な機械をイラストに起こすとき、様々な角度からの写真が必要だ。デジカメはフィルムの残りを気にせず、メモのように何枚でも撮れる。それでも私は頑なに、フィルムカメラも持ち続けた。しかし徐々に、世の中ではデジカメが主流になってくる。取材旅行も増えてきた私は、二種類の写真の整理に負担を感じるようになり、ついにデジカメの波にのまれてしまった。

古いアルバムに、フィルムカメラを手にする自分の写真を見つけた。今は亡き祖父母と3人で植物園に行ったときのものだ。どれも構図が完璧で、思いがけず祖母の撮影技術の高さに気がついて笑った。ファインダーを覗く若い私は、いきいきとしていた。最近は仕事でもプライベートでも、デジカメとスマートフォンのカメラを使う。それらを使い、よく撮れた写真でも、何か欠けているような気がしてしまうのは何故だろう。そのもどかしい気持ちを、もう何年も引きずっている。ずっしりとした重みとシャッター音が恋しい、と思うのは私だけでしょうか。

すずき・さちこ

1975年東京生まれ。旅好きのイラストレーター・ライター。
「きのこ組」「うちのごはん隊」などのキャラクターを手がける。著書に『電車の顔』『日本全国ゆるゆる神社の旅』『住むぞ都!』『路面電車すごろく散歩』ほか。

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