Always Essay 思いがけず・・・ 4.ハンガリー

  • バックナンバー
  • 前号
Always Essay

4 ハンガリー

トニー父の故郷、ハンガリーに家族3人で行った時のこと。2回目のこの時はしばらくブダペストの民泊に滞在していた。キッチンがあるので朝ご飯はほとんど部屋でとっていたけれど、ある朝、近所のカフェに行ってみた。次の日にはトニー父の生まれ育った村に移動する予定だったから、たまにはと思ったのだ。店に入ってすぐのテーブルに新聞がいくつか置いてあった。これもまた初めて、一部とって席に着いた。ハンガリー語は読めないので、写真だけ見ながら開いていくと、急に「Tony László」という文字が飛び込んできた。ん?ハンガリーでトニーはまったく知られてないよね?と不思議に思ってよく見たが、どうも目の前にいるトニーの話のようだ。「ねえ、これあなたのことだよね?」と彼に見せた。彼もハンガリー語は得意ではないが、ざっと見て「うん、どうも〝日本で有名なハンガリー人〟として紹介されてるみたいだね」と言った。なんてちょうどいい奇跡!店を出てすぐ新聞を買い、村へ持っていった。これで私たちのことがよくわかってもらえたと思う。

その何年か前、ハンガリーに初めて行った時のことも忘れ難い。私と同じくハンガリーは初めてのトニー母も一緒に、4人で村へ向かった。トニーにとっては30年ぶり。親戚の住所も失くしていたので探すのに苦労する覚悟だったけれど、役所に行ってみたら従兄弟が勤めていたため瞬時に判明した。その時はトニー父の兄もわざわざ会いに来てくれた。そして帰国するためブダペストに戻った夜。ホテルの外からずいぶん騒がしい音や声がする。聞くとデモ隊と警察が衝突しているという。なんとこの日は「ハンガリー動乱」50周年の日だった。驚くとともに、感じるものがあった。1956年10月23日。この日から始まった混乱の時に、トニー父はブダペストを出たのだ。50年後に、息子が家族と自分の妻を連れて来るなんてトニー父は思いもよらなかっただろう。さてまた50年後には、どんなことが起こっているだろうか。

おぐり・さおり

岐阜県出身の漫画家。
著書に「ダーリンは外国人」「フランスで大の字」など。
近著「ダーリンの東京散歩 歩く世界」「手に持って、行こう ダーリンの手仕事にっぽん」。
2012~2019年までドイツ・ベルリンに居住。

Always Essay 思いがけず・・・ 4.ハンガリー

  • バックナンバー
  • 前号