「ローカル線」を守る人
江ノ島電鉄株式会社
鉄道部 運輸課駅長兼乗務区長
井口貴之さん
鎌倉駅と藤沢駅を結ぶローカル鉄道、江ノ島電鉄。通称「江ノ電」。
今回は、運輸課駅長兼乗務区長の井口貴之さんに、ローカル線を担う人材として、今、守っていきたいことを伺いました。
日常と非日常のバランスを取りながら安全・安心を守ることが第一優先
コトコト……。10キロという短い区間を、のんびり走る江ノ電。沿線には鎌倉、江ノ島、極楽寺、長谷など、日本有数の観光スポットが点在する。2020年9月1日には、開業120周年を迎えた。その江ノ電の駅長を務めているのが、井口 貴之さん。2022年から乗務区長も兼ねている。普段は江ノ島駅に勤務し、全15駅、約50名の駅係員と約70名の乗務区員、列車への指令業務の管理を行う。
「出身は埼玉県。海の見えるところで仕事がしたいと思って江ノ電に入社しました。コトコトゆっくり走るレトロな車両や、車窓から見える景色も魅力的で」と、井口さん。ご自身も、江ノ電に魅了されたうちのひとりだ。
「自動改札が登場する前、切符を切っていた頃は、お客様との接点ももっと多かったですね」と当時を懐かしむ。沿線には鎌倉高校や七里ヶ浜高校など学校も多く、今でも学生さんや地元住民から挨拶される。ローカル線ならではの光景かもしれない。そんな学生や地元住民たちと、非日常を楽しみたい観光客とが混在するのが、江ノ電の特徴でもある。
「自分が憧れた江ノ電を守りたい」
コロナ禍前の輸送人員は、年間1900万人。少しずつ元に戻りつつある。オーバーツーリズムには頭が痛い。
「本来なら臨時列車を出して輸送力を増強したいところですが、単線で運転本数が限られるため、簡単にはいきません。せめて4両編成の時間帯を長くして、努力をしています」「安全を第一」に考慮しながら、限られたスペース・編成・車両数のなかで、最善を尽くす。
普段、鉄道車両の整備や洗車は江ノ電唯一の車両基地、極楽寺の検車区で行われ、車両や車両部品・装置の状態、劣化状況、消耗度合いを検査し、安全走行に支障のないように修繕している。一部、路面区間(併用軌道)を走るのも江ノ電の魅力のひとつだが、道路混雑時の腰越併用軌道の運転は最も難しく、運転士泣かせだという。
「電車優先といえども、道路を走らせてもらっているという意識で運転しています」と、自身も17年以上の運転士歴のある井口さん。譲り合いの精神が大切だと、力を込める。
地域と連携しながら、「江ノ電らしさ」を守っていきたい
海沿いを走行する江ノ電は、台風や地震などの自然災害の影響を受けやすい。災害時に人命を第一に考えた行動が取れるよう、防災マニュアルを整備し、従業員の防災教育・訓練についても力を入れている。
「駅員が常駐していない無人駅が多いので、乗務員一人ひとりが避難場所を把握し、お客様を迅速に誘導しなければなりません」
地震による津波の発生を想定して、年に一度の避難訓練も行っている。「近隣の稲村ヶ崎小学校に協力してもらい、生徒さんをお客様に見立て、実際に降車させて避難所へ誘導する訓練をしています」
この他にも鎌倉高校や七里ガ浜高校の生徒に「率先避難」への協力を呼びかけている。
率先避難とは、緊急時、周囲に避難を呼びかけつつ、自ら率先して避難すること。誰かが逃げ始めれば、ほかの人も一緒に逃げ出すという心理特性を利用した避難方法だ。
地域と連携しての訓練の経験は地域にとっても役に立つだろう。他にも警察署や消防署と連携して、テロ対策などの訓練を行っている。地域とのつながりを深めるために、地元の祭りなどにも積極的に参加している。特に藤沢市で行われる市民祭りでは、藤沢市を通る6路線と連携して祭りを盛り上げる。
「江ノ電は開業123年、地元のお客様に支えられて、今があります。地域に還元できるように、さまざまなことにチャレンジしていきたいです。同時に、江ノ電らしさも守っていきたい」
入社当時に魅せられた江ノ電への憧れは、今も色褪せない。